なぜ運動が大事か

Why the exercise is so important

 糖尿病と診断されると、皆さん「じゃあ食事に気をつけなきゃな」とは思って下さるのですが、「じゃあ運動しないとな」と考えてくれる人はあまり多くありません。ですが糖尿病治療の3本柱は、「食事」「運動」「薬」です。運動療法も、食事療法に負けないくらい大事な治療です。


 昭和初期までの日本には、ほとんど糖尿病の方がいなかったといわれています。これを言うと多くの方は、「飽食の時代で食べ過ぎが良くないんだね」とか、「食生活の欧米化が糖尿病の原因だろう」というのですが、どちらも誤りです。まずグラフをご覧いただければと思いますが、日本人のエネルギー(カロリー)摂取量というのは、この60年間で徐々に減っており、現代の日本人は終戦直後の食べ物がなかった時代と同じくらいしかエネルギーをとっていないのです。しかし糖尿病患者さんの数は右肩上がりです。ですから、食べ過ぎが糖尿病の原因だ、というのは明らかに誤りだということが分かりますね。

 では、食生活の欧米化はどうでしょうか?実は糖尿病患者さんの数が増えているのは日本だけではありません。世界中のどの地域でも増えているのです。それこそ欧米でも増えています。欧米の糖尿病患者さんが増えたのは、食生活の欧米化ではありえませんよね?日本だけ食生活の欧米化が糖尿病の原因というのはちょっと無理があります。


 もっと明らかな糖尿病の原因が他にあるのです。このページを読んでいる皆さんはもうお分かりですね。それは運動不足です。下のグラフは日本の乗用車の保有台数です。見てください、糖尿病患者さんの数とほぼ比例するように上昇しているのが分かりますね。

 明治~昭和初期の人々は、日本に限らず、多くの人が農業に従事しており、それも機械を使わず人力で作業していました。一日中肉体労働をしていたんですね。彼らは現代人よりもたくさん、山盛りのご飯を食べていましたが、現代人よりも痩せていて、糖尿病もなかったのです。宮沢賢治の「雨ニモ負ケズ」という詩を聞いたことがあるでしょう。その詩にはこうあります。
 

 「雨ニモマケズ 風ニモマケズ (中略)
一日ニ玄米四合ト 味噌ト少シノ野菜ヲタベ (中略)
西ニツカレタ母アレバ行ッテソノ稲ノ束負ヒ(中略)
サウイフモノニ ワタシハナリタイ」



宮沢賢治が理想とした純朴質素な生活を表していますが、1日に4合もお米を食べるんですね。現代でこれだけ食べる人はなかなかいないと思います(しかもこれでも質素な量です。1873年の徴兵令ではなんと1日に「白米6合」を食べさせること、となっていたそうです)。でも1日稲の束を背負い、汗水流して働いていたので、太ることもなく、糖尿病になることもなかったのですね。


 現代人は少食ですが、一日中座っていて、ちょっとの距離でも電車や車を使い、ちょっとの階段でもエスカレーターやエレベーターを使い、ほとんど運動しません。そのために昔の人に比べると小太りで、糖尿病が多いのです。いかに運動不足が体に悪いのかが分かりますね。厚生労働省の調査では、日本人の死亡の主要な危険因子として、1位が喫煙、2位が高血圧、3位が運動不足、4位が高血糖となっています。運動不足は糖尿病以上に大きな問題なのです。でもこの調査結果ですら、運動不足の問題を過少評価しています。なぜなら、高血圧も高血糖も、多くは運動不足が原因なのですから。運動不足は日本人の一番の健康問題であるといっても過言ではありません。


 なぜ運動療法が、糖尿病治療の3本柱の一つであるか、お分かりいただけたでしょうか。「運動は何もしていません」というのは、「暴飲暴食しています」というのと同じくらい体に悪いことなのです。ですが、まだまだ患者さんで運動療法に目を向けてくれる人は多くありません。これは患者さんの問題だけではなく、医師の問題でもあるのです。実は運動療法をきちんと指導している医師というのは、専門医でもわずか3分の1程度しかいないことが、2015年の糖尿病学会の調査で判明しています。まだまだ、専門医の間でも運動療法の重要性を理解している医師が少ないのです。もし今まで運動の指導を受けたことがなければ、ぜひ一度当院でご相談ください。

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