インスリン注射について

About insulin injection

インスリンとは?

 インスリンって何かご存知でしょうか。血糖を下げるための注射でしょうか?実は正確にはちょっと違います。インスリンは膵臓という内臓から分泌されるホルモンです。膵臓は消化液を出す他に様々なホルモンも出しており、この一つがインスリンなのです。インスリンは血糖を下げるほぼ唯一のホルモンです。人工的に合成したインスリンを体の外から注射するのが、「インスリン注射」なのです。

なぜインスリン補充が必要なの?

 ではなぜインスリン注射が必要になるのでしょうか?内服薬を何種類も飲んで、それでもどうしても血糖が下がらなくなったらインスリンになるんでしょうか?医療従事者ですら、そう思っている方がたくさんいるのですが、これは間違いです。
 そもそも、糖尿病というのは血糖が高くなる病気です。そして血糖が高くなる理由は、2つに分けられます。それはインスリンが足りなくなる場合と、インスリンが効かなくなる場合です。インスリンが効かなくなることを医学的には「インスリン抵抗性」と呼んでいます。インスリン抵抗性は、食事の乱れ、運動不足、肥満などが原因です。そこでインスリン抵抗性が原因で糖尿病になっている方は、生活を改めたり、内服薬を使うことで、インスリン抵抗性を減らすことで治療していくのです。(詳しくは「糖尿病とは」のページもご覧ください)。
 一方で、インスリンが足りない場合はどうすれば良いのでしょうか?これはインスリンを補充するしかないのです。残念ながら、内服のインスリンが存在しないため、注射で補充することになります。これがインスリン注射なのです。

どのような人にインスリン補充が必要なの?

 インスリン補充が必要なケースは、大きくわけて3つあります。1つは、ものすごい高血糖の時です。良くあるのは、健康診断を受けていなかったり、受けていたのに放置していて、初めて医療機関を受診したときにはすでに血糖が200mg/dLを超えてしまっているようなケースです。こういったケースでは、高血糖になることで膵臓が疲弊する→インスリンの出が悪くなる→ますます高血糖になる、という悪循環に陥っています。そこでインスリンを補充することで、血糖を良くする→膵臓の負担が減る→インスリンの出が良くなる、という良い循環に切り替えてあげるのです。こういったケースでは、ほとんどの場合インスリンを使うのは短期間ですみます。入院した場合は2週間~2、3か月くらい。外来で治療した場合でも、数か月~半年程度でインスリンが不要になり、飲み薬での治療に切り替えることができます。
 2つめは、そもそもインスリン不足が糖尿病の原因のケースです。やせ型~普通体型で、特段運動不足でもないし、食生活もそれなりに気を付けているのに、でもHbA1cが高い方というのは、インスリン抵抗性が糖尿病の原因ではなく、そもそもインスリンが足りていないのです。これは生まれつき膵臓の力が弱いのが原因で、ご本人に原因があるわけではありませんし、予防することも難しいです。遺伝的な要素が強く、ご両親のいずかも糖尿病を持っているケースが多いです。この場合、一時的に膵臓が疲れているだけではなく、もともとインスリンを出す力が弱いので、継続的にインスリンが必要になります。
 3つめは、長年糖尿病を患っている場合です。糖尿病になった当初は太っていたり、生活習慣が原因だったりして、飲み薬で治療しているのですが、薬だけでとりあえず血糖を下げてしまって、しっかり生活改善できていなかったりすると、10年~15年と経つうちに徐々に膵臓が疲弊していき、インスリンが出なくなっていくのです。いつのまにか体重も落ちていき、内服も3種類、4種類と飲んでいるのに、でもHbA1cが下がらない。こういったケースでも、やはりインスリンが継続して必要になります。こうなる前のもっと早い時点で、しっかり糖尿病を治療することで、膵臓が疲弊してしまうのを防ぐのが本来の治療ですが、後悔先に立たずです。世の中ではこの3つ目のパターンだけが知られるようになってしまい、「インスリンはどうしようもなくなったときの最後の手段だ」というイメージが付いてしまったようです。

インスリンを始めたら一生必要?

 そんなことはありません。一度始めた方でも、かなりの方がインスリンをやめています。先ほど説明した通り、1番目のパターンでは、ほとんどの方が半年以内にインスリンをやめられます。では2番目、3番目のパターンの方はどうでしょう。先ほどは「継続して必要」とお話しました。確かに年単位では必要になりますが、必ずしも一生というわけではありません。
 良いパターンとして、Aさんを紹介しましょう。Aさんは50歳ごろに糖尿病になり、55歳ごろからすでにインスリン注射を行っていました。お蔭でHbA1cはずっと6%台を維持していました。70歳の誕生日を期に、そろそろインスリン注射をやめて内服にしましょうか、と提案させて頂き、その後はずっと内服薬だけで治療できています。どうしてインスリンが必要なくなったのでしょうか?それは長年インスリンを補充することで、膵臓が休んでいられたからです。十分休んだ膵臓は、また元気にインスリンを出せるようになったので、お薬に戻すことができたのです。
 逆に良くないパターンのBさんを紹介しましょう。Bさんは60歳ごろからずっとインスリンが必要だと説明されてきましたが、「どうしてもインスリンはうちたくない」と突っぱねていました。75歳になった時、いよいよどうしようもない位に血糖値が高くなってしまい、ようやくインスリン注射を始めることになりました。ところがすでに認知症が始まっていたBさんはインスリン注射を自分で覚えることができず、仕方なしに近くに住んでいる娘さんが毎日通って注射をしてくれています。Bさんは今年で80歳になりますが、やはりインスリンをやめるのは難しそうです。Bさんの場合は、長年膵臓に負担をかけて来たため、75歳の時点ではインスリンがほとんど出せなくなってしまったのです。そこから慌ててインスリンを補充しても、膵臓も老化してしまっていますから、十分な量が出せるまでには回復しません。
 このように、早めにインスリンを始めた方というのは、ある程度のご高齢になってからインスリンをやめられることも多いです。しかし、逆にギリギリまでインスリンを始めずに粘った方というのは、一生インスリンが手ばなせなくなり、ご家族や介護者にインスリンを注射してもらっている方も多いのです。またインスリン注射が手放せないために、なかなか入所できる施設が見つからなかったり、高額な施設に入らなければならない方というのもたくさん見てきました。ご高齢になってからインスリンを続けるのは、ご本人にとっても、そしてご家族にとっても、とても負担になることなのです。ですから、インスリンが必要な方、つまりインスリンの出が悪い方には、なるべく早めにインスリン注射を始めることをお勧めしています。

インスリンは何回注射するの?

 これは患者さんの病態によります。ほとんどの場合は、1日1回の注射ですみます。タイミングは朝か、寝る前かで選んで頂きます。朝と寝る前で効果に大差はないので、仕事の都合などで余裕のある方を選んで頂きます。ただし血糖が300mg/dL以上になっている場合や、インスリン分泌が健常者の半分未満になっている場合などでは、1日1回の注射に加えて、毎食前に注射が必要になり、合計で1日4回注射しなければならないことがあります。

インスリン注射って痛いし大変なんでしょ?

[一般の採血用針との比較]

 実はそんなに大変ではありません。「いやいや、それはお医者さんは他人事だからそういうけど、実際やるとなったら大変なんじゃないの?」と思われるかもしれませんね。実際にインスリン注射を始めた方は、皆さん「そんなに大変じゃないね」とおっしゃっています。インスリン注射が痛いんじゃないかと思う方の多くは、採血の針を想像してしまっていると思います。写真をご覧いただければと思うのですが、一般的な採血の針と比べてインスリンの針は非常に細くできています。実物は良く目を凝らさないと見えないくらいです。注射するのもお腹で、もともと痛みに鈍感な部位なので、ほとんど痛いということもありません。
 これまで100人以上の方にインスリンを始めていただきましたが、中にはやはり「どうしてもやりたくない」とおっしゃる方もいました。そういう方にはこうお話しています。「騙されたと思って、1週間だけやってみてください。1週間後お会いして、やっぱりインスリンをしたくないということであれば、お薬に戻しましょう」。こうお話して1週間後にお会いしたとき、「やっぱり大変だったのでインスリンをやめます」とおっしゃった方は今まで1人もいません。全員、「思ってたよりも大変じゃなかった。これくらいなら続けられそうだ」とおっしゃって頂けています。
 確かに昔はインスリン注射というと時間もかかるし痛くて副作用も多く、非常に大変な治療でした。そのイメージが巷にも定着してしまっているのです。ですが医学の進歩により、現代ではインスリン注射は非常に簡単になり、苦痛や副作用もほとんどなくなってきています。誰だって最初はインスリン注射を始めたくないと思いますが、どうかあまり怖いイメージを持たないでいただければと思います。

インスリン注射を始めるメリットは?

 実はインスリンを始めたことに非常に満足していただける方も多いのです。インスリンを始めて半年くらいして、血糖も十分良くなって、「そろそろインスリン注射をやめましょうか?」とご提案すると、だいたい半分以上の方は、「いや、もっとインスリン注射を続けたい」とおっしゃいます。何がそんなに良いのでしょうか?
 インスリン注射を始めるメリットはたくさんあります。まずは当たり前ですがHbA1cが下がることです。今までいろいろ頑張ってもなかなか下がらず、採血結果を見るたびに陰鬱な気持ちになっていた方が、どんどん下がるHbA1cを見ることで、採血結果を見るのが楽しみになったりします。またHbA1cを気にして食事を厳しく制限していたのが、インスリン注射を始めてから(限度はありますが)好きなものを食べられるようになったりします。また、インスリン注射を始めることで、医療保険で自己血糖測定器のレンタルができるようになります。日々の血糖をご自身で見ることで、自己管理に前向きになる方も多いです。こういったメリットは実際に始めて見ないと、いまいちピンと来ないと思うのですが、半数以上の方がインスリン注射をぜひ続けたいとおっしゃっていることから、多くの方がインスリン注射のメリットを実感していただいているのだと思います。

インスリン注射を始めるデメリットは?

 インスリン注射を始める最大のデメリットは、なんといっても費用負担でしょう。3割負担の場合、飲み薬のみで治療している場合と比べて、病院での支払いが+4000円程度、薬局での支払いが+500円~1000円程度、合計+5000円/月ほど高くなります(血糖測定器のレンタル代等含みます)。どうしても金銭的に難しい場合、血糖測定の回数を減らしたりすることで、+3000円/月程度で始めることも可能です。(ただしインスリン開始直後の3か月は、各種保険算定の都合で、2000円ほど高くなります)。

おわりに

 当院でインスリン注射をお勧めする患者さんは、膵臓が弱ってしまって、自分ではインスリンが十分出せなくなってしまっている方です。なるべく早くインスリン注射を始め、なるべく早く膵臓を守ってあげることで、長い目でみればかえって負担の少ない治療ができるのです。インスリン治療は皆さんが思っているほど、辛い治療ではありません。怖いイメージだけで治療をしないのはもったいないです。ぜひ前向きにインスリン治療を考えてください。確かに決して安い治療ではありませんが、健康というのは失ってから取り戻すのは非常に難しいものです。ぜひ早めにしっかり治療して、健康を維持してもらえればと思います。

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